
吉川トリコさんの小説『余命一年、男をかう』は、人生の価値観を問い直し、本当の豊かさとは何かを考えさせてくれる、心温まる成長物語です。主人公は、幼い頃から貯金と節約を人生の信条としてきた40歳の独身女性、片倉唯。彼女が突然、子宮がんによる余命一年を宣告されるところから物語は始まります。死を前にして、唯はこれまでの人生とは真逆の選択をします。それは、偶然出会ったピンク髪のホスト・瀬名吉高に大金を貸し、彼を「買う」という型破りな行動でした。この一見突飛な設定の中に、現代社会を生きる私たちが抱える悩みや、本当の豊かさとは何かを考えさせられる深いテーマが込められています。
吉川トリコ『余命一年、男をかう』
あらすじ
「いきなりで悪いんだけど、お金持ってない?」この一言からすべてが変わったーー。
楽しくなくても、平気で生きてきたはずなのに。
コスパ重視の独身女性が、年下男に数十万円を渡してはじまる涙と笑いの物語節約とキルト作りが趣味の40歳独身、片倉唯。健やかでコスパのいい老後を迎えるために頑張っていたが、
無料で受けた検診で子宮がんと告知される。病院のロビーで会計待ちをする唯に、
ピンクの髪の男がお金を貸してほしいと頼んできた。人生はどこまでお金で割り切れるのか。
涙と笑いの第28回島清恋愛文学賞受賞作。幼いころからお金を貯めることが趣味だった片倉唯、40歳。
ただで受けられるからと受けたがん検診で、かなり進行した子宮がんを宣告される。
医師は早めの手術を勧めるも、唯はどこかほっとしていたーー「これでやっと死ねる」。
趣味とはいえ、節約に節約を重ねる生活をもうしなくてもいい。好きなことをやってやるんだ! と。
病院の会計まちをしていた唯の目の前にピンク頭(ヘア)の、どこからどうみてもホストである男が現れ、
突然話しかけてきた。
「あのさ、おねーさん、いきなりで悪いんだけど、お金持ってない?」。
この日から、唯とこのピンク頭の男との奇妙な関係が始まる。
作品の魅力・ポイント・感想

徹底した節約生活からの解放と新たな出会い
主人公の片倉唯は、20歳でマンションを購入し、繰り上げ返済を目指すなど、徹底した節約と貯蓄に人生を捧げてきました。毎日の手作り弁当、図書館や古本での読書、プチプラの服、格安SIMのスマホなど、その節約ぶりは徹底しており、将来を見据えて今をきちんと生きる唯の姿には、共感を覚える方も多いのではないでしょうか。彼女は「楽しくなくちゃ、生きてちゃいけないんですか?」と問いかけ、楽しみがなくても平気で生きられるという独自の価値観を持っていました。恋愛も「コスパが悪い」と敬遠してきた唯ですが、余命宣告を受けたことで、彼女の人生観は大きく揺さぶられます。残された時間をどう生きるか、そしてこれまで貯めてきたお金をどう使うか。そんな中で出会ったのが、ホストの瀬名吉高でした。彼の存在が、唯の凝り固まった価値観を少しずつ溶かし、新たな世界へと導いていきます。この対照的な二人の関係性が、物語に軽妙なユーモアと温かさをもたらしています。
異なる視点が織りなす人間ドラマとユーモラスな描写
物語は主に唯の視点で進みますが、後半には瀬名吉高の視点も加わることで、物語に奥行きが生まれています。唯が瀬名に抱く感情や、瀬名が唯に対して抱く思いが、それぞれの視点から丁寧に描かれることで、読者は登場人物たちの内面に深く共感することができます。瀬名もまた、唯との出会いを通じて、自身の人生や家族との関係を見つめ直していきます。また、作中には唯の周囲の人間関係や、彼女が冷静に分析する男性たちの姿がユーモラスに描かれています。特に、唯が不倫相手の生山課長を「J-POPの歌詞みたいなことを述べはじめた」と評したり、瀬名が「平井堅が流れ出すのが聞こえたよ」と表現する場面は、思わず笑ってしまうほど印象的です。このような軽妙な筆致が、物語全体に心地よいリズムと読後感を与えています。
「普通」からの解放と、多様な生き方を肯定する感動
この小説を読んで、恋愛や結婚には様々なスタイルがあって良いのだと強く感じさせられました。「普通」という固定観念に縛られず、お互いが幸せであればそれで良いというメッセージは、現代を生きる私たちにとって大きな示唆を与えてくれます。また、女性である唯の視点から、男性の言動や社会の価値観が描かれている点も印象的でした。特に、セクハラをセクハラと思っていないような「昭和の考え」が、いまだに私たちの意識の中に残っていることに気づかされ、自身の価値観をアップデートする必要性を感じました。エンターテインメントとして起承転結がしっかりしており、読み進めるごとに引き込まれるストーリー展開も魅力です。この作品は、単なる恋愛小説や余命ものに留まらず、多様な生き方や価値観を肯定し、私たち自身の人生を見つめ直すきっかけを与えてくれる、心に深く響く一冊です。
おわりに

『余命一年、男をかう』は、笑って、時に考えさせられ、そして最後には温かい読後感が残る一冊です。人生の選択や、人との関係性、そして「生きる」ことの意味について、改めて考えるきっかけを与えてくれるでしょう。ぜひ、この物語を通じて、あなた自身の「買う」もの、そして人生の価値について見つめ直してみてください。

