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本や映画の感想

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長島有里枝『翌日』“こうして一緒に踊れるのなら、死ぬっていうことは自分が考えていたのとは少し違うなにかなのかもしれない。”

大切な家族の一員であるペットとの別れ。考えたくはないけれど、いつかは必ず訪れてしまうその瞬間を、あなたはどう乗り越えますか。

今回ご紹介するのは、長島有里枝さんの短篇小説『翌日』です。この物語は、長年連れ添った愛するペットを失った女性が、深い悲しみの中で見つける、かすかな光と希望を描いています。

ペットを飼った経験のある方なら誰もが胸を締め付けられ、そして、読み終えた後には不思議な温かさに包まれる。そんな、心に深く響く一作です。

長島有里枝『翌日』

去年の今日

あらすじ

愛ペットを亡くし、深い悲しみに沈む未土里。バレエ教室の友人に支えられ、踊る中で、喪失を乗り越えるかすかな光を見出す物語。

作品の魅力・ポイント・感想

リアルすぎるペットロスの描写

この物語の主人公・未土里は、愛犬である家族の「PB(ピビちゃん)」を亡くしたばかり。物語は、彼女の心の痛みを驚くほど繊細に、そしてリアルに描き出しています。

PBが最期の時を迎えるまでの六日間。飼い主として、家族として、できる限りのことをしたはずなのに、未土里の心は後悔の念に苛まれます。特に、獣医師から投げかけられた「なぜこんな状態になるまで放っておいたの!」という一言は、彼女の心に重く突き刺さります。

放っておいたつもりはなかった。その前日も、前々日も、PBは病院を受診していた。ただ、どれだけ考えても、もっと早く病院につれて行っていたらこんなことにはならなかったはず、という後悔を払拭することはできなかった。

この一節に、共感する人は少なくないのではないでしょうか。日に日に弱っていく姿を目の当たりにしながら、「もっと何かできたはずだ」「あの時の判断は正しかったのか」と自分を責めてしまう。そんな、どうしようもない無力感と後悔の念が、痛いほど伝わってきます。

また、急変したPBを前に、病院の選択を迫られる場面も非常にリアルです。治療のために病院に預ければ、死に目に会えないかもしれないという究極の選択。愛する家族のために最善を尽くしたい、でも、その「最善」が何なのかわからない。その葛藤は、経験者でなくとも胸が張り裂けるような思いにさせられます。

物語は、こうしたペットロス特有の辛く、複雑な感情を丁寧にすくい上げ、読者に静かに寄り添ってくれるのです。

すれ違う恋人と、寄り添う友人

深い悲しみの中にいる時、周囲の人との関係性が浮き彫りになることがあります。『翌日』では、主人公・未土里を取り巻く二人の人物、パートナーの睦(あつし)とバレエ仲間の真希(まき)の存在が対照的に描かれています。

恋人の睦は、決して冷たい人間ではありません。しかし、PBの死に対して、どこか未土里とは温度差があるように見えます。彼は自分のアトリエに戻って一人になりたいと感じており、その態度は未土里の心を微かに揺さぶります。

バレエに行く元気があるなら、俺が自分の部屋に戻っても大丈夫なんじゃないのか。

睦の言葉の真意を測りかね、「一〇年来の恋人の言葉さえもいちいち勘ぐってしまう」未土里の姿は、悲しみの中にいる人間の孤独感を際立たせます。悪気がないとわかっていても、ほんの少しのすれ違いが、心をさらに冷え込ませてしまう。そんな人間関係の機微が巧みに描かれています。

一方で、同じように愛猫を亡くした経験を持つ友人、真希ちゃんの存在は、この物語の大きな救いとなっています。彼女は多くを語りません。ただ、未土里の気持ちを誰よりも深く理解し、静かに寄り添います。

未土里が、亡くなったPBと一緒に踊っているような不思議な感覚を覚えたことを打ち明けた時、真希ちゃんは少しも驚かずにっこり笑って「よかったね」と言います。そして物語の最後、PBと火葬でのお別れを済ませてきたことを告げた未土里を、そっと抱きしめるのです。

特別なアドバイスや慰めの言葉よりも、ただ気持ちを共有し、受け止めてくれる存在がどれほど心強いか。真希ちゃんのさりげない優しさが、未土里の凍てついた心をじんわりと溶かしていく様子は、本作のハイライトの一つと言えるでしょう。

悲しみだけではない、不思議で温かな繋がり

私自身、かつて実家で飼っていたペットが亡くなった時のことを思い出しました。日に日に弱っていく姿を見るのは本当に辛く、何もできない自分に無力感を覚えたものです。この作品を読んで、当時の悲しみが蘇り、思わず涙がこぼれました。

しかし、この物語が描くのは、ただ辛いだけのペットロスではありません。

未土里は、悲しみを紛らわすために向かったバレエスタジオで、とても不思議な体験をします。音楽に合わせて体を動かしていると、亡くなったはずのPBが、まるでそこにいるかのように感じられるのです。

自分の足もとを、昔のように目が見えて、ものすごい速さで自由自在に走り回れるようになった彼女が、未土里のことなど気にもかけていないような態度で、いつもキッチンでそうしていたみたいに、床に落ちている食べものを探している。

この幻想的なシーンは、「死」が決して終わりではないことを示唆しているかのようです。肉体は失われても、魂や思い出はすぐそばにあり続ける。そう思うことで、未土里の心は少しずつ救われていきます。悲しみの中にありながらも、PBとの温かな繋がりを感じることで、彼女は前を向くための小さな一歩を踏み出すのです。

この「不思議で温かな繋がり」こそが、この物語の核となるメッセージではないでしょうか。大切な存在を失った悲しみは、決して消えることはありません。でも、その存在を感じながら、共に生きていくことはできる。そんな、喪失を抱えたすべての人に向けられた、優しく力強いエールが込められています。

おわりに

長島有里枝さんの『翌日』は、ペットロスという普遍的なテーマを通じて、愛する者を失った悲しみと、それでも続いていく日常、そして見えない絆の温かさを描いた珠玉の短篇です。

ただ悲しいだけでは終わらない、静かな希望の光が心に残る物語です。

現在ペットを飼っている方はもちろん、かつてかけがえのない家族を見送った経験のあるすべての方に、ぜひ一度手に取ってみてほしい一篇です。きっと、あなたの心に寄り添い、温めてくれるはずです。