「夏は八月の十五日まで。海にクラゲがでたら、夏は終わりなのよ」
もし、あなたの17歳の夏が、あと一週間で終わるとしたら、何をしますか?伊藤たかみさんの『17歳のヒット・パレード(B面)』は、そんな終わりかけの夏に偶然出会った少年と少女の、短くて、でも永遠のような数日間を描いた物語です。
どこか懐かしくて、少しだけ危うい。そんな青春時代の特別な空気感が、この本にはギュッと詰まっています。ページをめくるたびに、あの頃の夏の匂いがよみがえってくるような、不思議な魅力を持った一冊です。
伊藤たかみ『17歳のヒット・パレード(B面)』
あらすじ
僕らは、18歳にならないと、思ってた——この夏が終わるまでこのアクセルは絶対に緩めない。素敵なヒット曲にのって“17歳”をかけぬけたレンとココの物語。芥川賞作家の疾走感あふれる青春ストーリー。
作品の魅力・ポイント・感想
独特の空気感と、心に残る会話劇
この作品のレビューで多くの人が触れているのが、独特の空気感と、登場人物たちの軽妙で哲学的な会話です。
物語は、死ぬつもりで海に来た「レン」と、ガラクタ市で物々交換をする不思議な少女「ココ」の出会いから始まります。スマホのない時代、彼らのコミュニケーションは目の前の会話がすべて。その一つ一つのやり取りが、気だるい夏の空気の中で、キラキラと輝いて見えるんです。
「世界で初めてヤシの実と赤ちゃんを交換した母親になり損ねたわ、彼女」なんて、普通は出てこないようなセリフが、この物語の中では自然に聞こえてきます。多くの読者が、この少しだけ現実から浮いたような、でも妙にリアルな会話の虜になっています。まるで、良質なインディーズ映画を観ているような、心地よい読書体験が待っていますよ。
17歳という季節の「危うさ」と「輝き」
17歳。それは、大人でも子供でもない、特別な季節です。この物語は、そんな17歳特有の危うさと、一瞬の輝きを見事に描き出しています。
主人公のレンは「死ぬつもりで来た」と笑いながら言い、ココは「退屈だし、別にいいよ」と、あっさりとそれを受け入れます。この「生」や「死」に対する独特の距離感は、レビューでもよく指摘されるポイントです。彼らにとって、未来や過去よりも、「今、この瞬間」がすべて。だからこそ、彼らの行動は無謀で、危なっかしく見えるかもしれません。
でも、その危うさこそが、彼らが「今」を全力で生きている証拠なんです。終わりに向かって加速していく夏の中で、彼らが見せる一瞬一瞬の輝きに、きっとあなたも目が離せなくなるはずです。
心に突き刺さる、忘れられない言葉たち
そして何より、この物語は心に直接突き刺さってくるような、忘れられない言葉たちで溢れています。
私が特に心を掴まれたのは、レンがココへの想いを綴った「僕は残りの五日間、ぴったりと彼女に寄り添うよ。二人の重みで時間にくさびを打ちながらね。」という文章でした。過ぎ去っていく時間に、必死に抵抗しようとする切実な想いが凝縮されていて、思わず胸が熱くなりました。
また、「世界はこの程度のもの、迎合しなくちゃという人間は、溶け落ちて表情をなくした雪だるまばかり」といった、ハッとするような表現も散りばめられています。日常の中で見過ごしてしまいがちな感情や風景を、こんなにも鮮やかな言葉で切り取れるのかと、何度も驚かされました。
物語の終盤、あるアイテムが思わぬ形で重要な意味を持つ展開には、思わず「そういうことだったのか!」と声を上げてしまいました。ただオシャレで心地よいだけじゃない、ピリッとした毒気や仕掛けも、この作品の大きな魅力だと感じています。
おわりに
伊藤たかみさんの『17歳のヒット・パレード(B面)』は、過ぎ去ってしまった青春時代の、あの特別な夏の空気をもう一度吸い込みたい、そんな願いを叶えてくれる一冊です。
切なくて、少しだけ痛くて、でもどうしようもなく愛おしい。そんなレンとココの短い夏は、きっとあなたの心に、忘れられない思い出として刻まれるはずです。
あの頃の自分に、もう一度会いに行きませんか? この本が、素敵なタイムマシンになってくれるはずですよ。