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芦沢央『ミモザ』“変わらないな、と言った彼の顔こそ、変わっていなかった”

昔の恋人と、もし突然再会したら――そんな場面を想像して、胸がざわついたことがある人も多いのではないでしょうか。
芦沢央さんの短編小説『ミモザ』は、そんな“ノスタルジー”を巧みにくすぐりつつ、思いがけない方向へと物語を運んでいく傑作です。一見、恋愛小説のように始まりながら、心にじわりと広がる不安や恐怖を密やかに描き出すこの作品は、読み終えた後も深く印象に残ります。

芦沢央『ミモザ』

汚れた手をそこで拭かない (文春文庫)

あらすじ

サイン会に現れた元彼に、ついお金を貸してしまう料理研究家を描く「ミモザ」。

引用元:本の話

作品の魅力・ポイント

恋愛小説と思わせてからの“転調”

物語の冒頭は、ごく普通の恋愛短編のような雰囲気です。結婚し家庭を持つ主人公がふとしたきっかけで“元カレ”と再会する。そのシチュエーション自体が、読者にいろいろな余韻をもたらします。「昔の恋人は今どうしているだろう」「もし再会したらどんな気持ちになるのか」といった疑似体験のわくわく感。ですが、芦沢央さんは、ここから物語を“懐かしい思い出話”で終わらせません。
ゆるやかに、しかし確実に、空気が変わっていくのが最大の見どころです。

“人怖”(ヒトコワ)ジャンルの秀逸さ

ミモザは、“人間の怖さ”を描く“ヒトコワ”系短編としても楽しめます。
元恋人との甘く危ういやりとりが、じわじわと“違和感”や“不安”へと変わっていく過程が、とても自然でリアルです。
人間の心にひそむ影や、本当の怖さは日常の裏側に潜んでいる――この作品は、それを強く感じさせてくれます。
誰かと分かり合うこと、思い出に浸ること、そして「自分は大丈夫」と思い込もうとする油断。それらが絡みあい、普通の出来事が“怖さ”に変わる瞬間が印象的です。

読後に残る“リアルな後味”

『ミモザ』の最大の魅力は、物語の終わり方にあります。
ホラーやサスペンスのような単純な「怖さ」ではなく、人間関係や日常の先にある“ぞわぞわ”する感覚が、心の奥底に残ります。
人生の選択や分かれ道、そして「今の自分」を作る決断の意味――それを思い返さずにはいられません。
思わず過去や選択を振り返ってしまうリアルな深みが、この作品を特別なものにしています。

感想

元カレ登場で昔を思い出す、そんな恋愛話かと思いきや、じわじわと「人間の怖さ」を感じさせる展開に驚かされました。
最初は「元恋人と会うなんて、ちょっとノスタルジックで素敵かも?」なんて軽く考えてしまいがちです。でも、いざ物語が進むと、懐かしさだけじゃすまない感覚に変わっていきました。
作中の主人公も、どこかで「今さら会っても意味がない」と気づきながら、昔の思い出にひかれて会いに行ってしまう。けれど、結局、別れた理由や当時のうまくいかなかったことは消えず、思い出の美化だけでは済まされない現実が突きつけられる。その描写がとてもリアルでした。
昔の恋人は“昔”のままにしておくべき」――この物語を読んで、改めてそう思わされました。
家庭を持っている今、元カレや元カノと再会することにちょっと憧れを持っていた自分が恥ずかしくなったし、もし再び接点を持ったとしても、きっと良いことなんてひとつもないんだろうな…と冷静になりました。
この作品は、恋愛の甘さや切なさだけでなく、人間関係の「怖さ」や「危うさ」もしっかり描かれているのが魅力です。
自分の過去の選択や今の毎日に、自信を持って進もうと思える、そんな一冊でした。

おわりに

芦沢央さんの『ミモザ』は、恋愛のときめきや切なさの奥に、人間関係の“怖さ”や“ほろ苦さ”を隠し持つ短編です。
「もしも元恋人に会ったら」という誰にでもありそうなテーマを使いながら、単なる昔話やロマンスで終わらせず、日常のすきまにひそむリアルな違和感と、人生の選択についてそっと問いかけてくれます。
読み終わったあと、思わず自分の過去や今の生き方を振り返りたくなる、そんな余韻たっぷりの作品です。
少し大人になった今だからこそ、きっと心に響くはずです。

参考リンク

books.bunshun.jp

books.bunshun.jp