
「村上春樹チルドレン」の記事で名前を知り、手に取ったのが、白河三兎さんのデビュー作であり、第42回メフィスト賞受賞作である『プールの底に眠る』です。ミステリー色の強い作品を多く輩出しているメフィスト賞受賞作ということで、読む前からワクワクが止まりませんでした。タイトルの『プールの底に眠る』という言葉にも、何か秘密が隠されているような、心を惹きつけられる響きがあります。この物語は、主人公の「僕」が、高校最後の夏休みに出会った少女「セミ」との不思議な7日間を鮮やかに、そして少しずつ痛みを伴いながら辿っていく青春ミステリーです。
白河三兎『プールの底に眠る』
あらすじ
夏の終わり、僕は裏山で「セミ」に出逢った。木の上で首にロープを巻き、自殺しようとしていた少女。彼女は、それでもとても美しかった。陽炎のように儚い1週間の中で、僕は彼女に恋をする。あれから13年……。僕は彼女の思い出をたどっている。「殺人」の罪を背負い、留置場の中で――。誰もが持つ、切なくも愛おしい記憶が鮮やかに蘇る。
作品の魅力・ポイント

予測不能な展開と独特の世界観
この作品の一番の魅力は、やはりメフィスト賞受賞作ならではの予測不能な展開と、白河三兎さん独特の世界観にあると感じます。日常の中に潜む非日常感や、思春期の不安定な心理が、ときに幻想的とも言える表現で描かれていきます。物語が進むにつれて、隠されていた真実が少しずつ明らかになっていくのですが、その過程で読者は何度も「まさか」と驚かされることでしょう。登場人物たちの言葉の選び方や行動にも独特のリズムがあり、それがこの物語を唯一無二のものにしています。
傷つきやすい「心」の描写
登場人物たちの「心」の描写も、この作品の重要な魅力です。特に主人公である「僕」と、彼が出会う少女「セミ」、そして幼馴染の「由利」の三人の関係性が丁寧に描かれています。それぞれが心に傷やトラウマを抱えながら、互いを求め、ときにぶつかり合いながら、自分たちの居場所を探そうとします。「心がない」と語るセミ、強くなろうとする由利、そして過去に縛られる僕。彼らの揺れ動く感情や、繊細な心の機微が瑞々しく描かれており、読者は彼らの内面に深く寄り添うことができます。
ノスタルジックな夏の情景
物語の舞台となる1995年の夏の情景描写も印象的です。「無印良品の紙袋」や「駅の伝言板」といった当時のアイテムが登場したり、夏の暑さや湿気、プールの匂いなどが鮮やかに描かれたりすることで、読者は主人公たちの過ごした夏の日々を追体験するような感覚になります。少し前の時代ならではのアナログな空気感が、登場人物たちの繋がり方や秘密の共有の仕方に影響を与えており、それが物語に独特の切なさとノスタルジーを加えています。裏山やカバ公園、プールといった場所が、ただの背景ではなく、物語の重要な要素として機能している点も魅力的です。
感想

率直に言って、すごく面白かったです! 最初は、主人公のモノローグや「半分寝ているイルカを見るのだから、ツアー代も半額にしてもよさそうなものだ」といった独特の比喩表現に、随所に村上春樹さんの作品を思わせるような雰囲気を感じていましたが、読み進めるうちにそんなことは全く気にならないくらい、物語の世界に引き込まれていきました。メフィスト賞受賞作なだけあって、先の展開が全く読めず、ページをめくる手が止まりませんでした。
特に印象的だったのは、登場人物たちの個性の強さです。特に「セミ」という名前の少女には最初驚きましたが、彼女の言動や魅力にどんどん惹きつけられていきました。「名前っていうのは付けられるもので、名乗るものじゃない」という言葉や、「都会のカラスのような無機質な目」といった表現が、彼女のミステリアスな魅力を際立たせていました。彼女の手の「終わりかけのカイロのような、人工的な温かさと冷ややかさ」という表現も、彼女の複雑さを表していて印象的です。
また、主人公の幼馴染である由利さんも魅力的なキャラクターでした。空手に打ち込む由利さんが「初めて人を美しいと感じた」という主人公の言葉は、スポーツが持つ力や、誰かが一生懸命な姿の輝きを描いていて、共感できる部分がありました。由利さんが主人公に抱く複雑な感情や、「僕らのキスは過去にしておくべきものだった」のような詩的な描写も心に残っています。彼女が言う「強いってのは優しいってことなの」という言葉も、シンプルですが心に響きました。
物語の中には、思春期ならではの青さや、少しくだらないけれど大切な時間も描かれています。作戦名を「野球処女の初H(ヒット)」にするようなシーンは、読んでいてクスッとさせられましたし、若い彼らが一生懸命に何かを成し遂げようとする姿は眩しかったです。一方で、プールでの事故やいじめといった、青春の影の部分も容赦なく描かれており、それが物語に深みを与えていると感じました。特にプールの事故の描写は衝撃的で、主人公が野球やバットに対して抱えるトラウマの根源が鮮やかに描かれていて、物語全体に影響を与えているのがよく分かりました。
主人公とセミさんの会話も独特のテンポがあって面白かったです。「恋をしないセミと泳げないイルカ。確かに無様だ。完全に名前負けしている」と自分たちの名前について語り合うシーンは、どこか切なくもユーモラスで、彼らの関係性をよく表していると感じました。飴を口移しするキスシーンは、青春の瑞々しさと危うさが詰まっていて、強く印象に残っています。「私にはまだその下心の準備ができてないの。(中略)真っ白な綺麗な心で下心いっぱいな恋がしたいの」というセミさんのセリフも、彼女らしさが表れていて好きでした。
家族との関わりも丁寧に描かれていました。主人公が友達の父親に対して「おっかない」と感じる様子は、多くの人が共感できるのではないでしょうか。セミさんのお母さんである今日子さんの、「昨日、今日、明日の今日子」という自己紹介や、娘を温かく見守る姿勢が描かれていて、読んでいるこちらもホッとさせられました。由利さんのお父さんに関するエピソードも衝撃的でしたが、それが彼女のキャラクターに深みを与えています。
おわりに

『プールの底に眠る』は、単なる青春小説やミステリー小説という枠には収まらない、複合的な魅力を持った作品です。思春期の揺れ動く心情、過去のトラウマ、そして予測不能なミステリーが見事に融合し、読者を惹きつけて離しません。登場人物たちがそれぞれに抱える孤独や傷、そして微かな希望が、読む人の心に静かに響いてくる物語だと思います。独特な雰囲気を持つ作品を読みたい方、青春の切なさやミステリー要素を楽しみたい方に、ぜひおすすめしたい一冊です。白河三兎さんの描く世界に、あなたもきっと引き込まれるはずです。
