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本や映画の感想

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村田沙耶香『生存』“子供の頃から、私の生存率は低かった。”

もし、あなたの人生が「65歳まで生き残る確率」という一つの数字で評価されるとしたら、どんな気持ちがするでしょうか。もし、その数字が低いというだけで、結婚や出産をためらうことになったとしたら。今回ご紹介する村田沙耶香さんの短編小説『生存』は、そんな少し不気味で、でも私たちの現実と地続きかもしれない世界を描いた物語です。

この物語は、「生存率」という絶対的な価値観に支配された社会で、一人の女性が自分の生き方を見つめ直す姿を描いています。読み終えた後、私たちが当たり前だと思っている「幸せ」の形が、少しだけ違って見えるかもしれません。

村田沙耶香『生存』

『信仰』所収作

信仰 (文春文庫)

あらすじ

65歳の時点で生きている可能性を数値化した、
「生存率」が何よりも重要視されるようになった未来の日本。
生存率「C」の私は、とうとう「野人」になることを決めた。

引用元:文藝春秋BOOKS

作品の魅力・ポイント・感想

ゾッとするほどリアルな「生存率」という名の成績表

この物語の最大の特徴は、その独特な世界設定にあります。物語の舞台となる社会では、全ての国民が「65歳になった時の生存率」を算出され、AからDまでのランクで格付けされています。この生存率は、本人が将来どれだけ稼げるかという予測とほぼ同じ意味を持ち、幼い頃から成績表の一番上に大きく書かれます。

人々は生存率を少しでも上げるために、幼少期から塾や習い事に通い、良い大学、良い会社を目指す「生存戦争」を生きています。恐ろしいのは、この「生存率」が人生のあらゆる選択に影響を与えることです。誰と結婚し、子供を産むかということまで、この数字が低いと本人だけでなく、家族の未来の生存率まで下げてしまうのです。

私がこの設定に強く惹かれたのは、突拍子もない話のはずなのに、妙なリアリティを感じたからです。現代社会でも、私たちは無意識のうちに年収や学歴、社会的地位といった「スペック」で人を判断したり、されたりすることがあります。この物語の「生存率」は、そうした現代の過酷な競争や格差社会を、極端な形で映し出している鏡のようでした。

さらに、作中では「昔は冬と秋があった」という会話が交わされます。温暖化が進み、象や牛のような動物はほとんど絶滅しているという描写も、私たちが今直面している現実の問題と重なり、物語の不気味な説得力を一層高めています。このあり得ないけれど、あり得そうだと感じさせる絶妙な世界観が、読者をぐいぐいと引き込む力になっています。

主人公の「冷めた視線」が問いかける、本当の幸せ

この物語は、主人公「私」の一人称視点で語られます。彼女は子供の頃からずっと、生存率が低い「C」ランク。周りの人々が生存率を上げるために必死になっているのを、どこか冷静な、まるで他人事のように眺めているのが非常に印象的でした。

例えば、生存率アドバイザーから恋人や未来の子供の生存率が低いと告げられ、恋人が絶望している横で、彼女は汗ばんだ肌のことや、クーラーがあまり効いていない室内のことを考えています。この主人公の「冷めた視点」を通して異常な世界を見ることで、読者である私たちも「何かがおかしい」「本当に大切なのはそれだけだろうか」という違和感を、彼女と共有することになります。

もし主人公が、この世界の価値観にどっぷり浸かって絶望する人物だったら、読者はただ「可哀想な話だな」で終わってしまったかもしれません。しかし、彼女はそうではありません。システムに馴染めず、どこか浮世離れした彼女の視点があるからこそ、私たちはこの社会の異常さに気づかされます。

その語り口は、まるで主人公の心の声をすぐ隣で聞いているような感覚にさせます。淡々としているからこそ、物語の持つ静かな狂気が際立ち、私たちは「生き残る」ことの意味を深く考えさせられるのです。

おわりに

村田沙耶香さんの『生存』は、「生存率」という奇妙で恐ろしい設定を通して、現代社会の歪みと、「生きること」の本質的な意味を私たちに問いかける物語です。主人公の冷静な視点を通して語られる世界は、どこかおかしいのに、なぜか私たちの現実と無関係ではないと感じさせます。

「当たり前を疑ってみたい人」「少し不気味で、でも深く考えさせられる物語が好きな人」には、ぜひ読んでいただきたい一篇です。

読み終えたとき、あなたの目に映る日常が、そして「幸せ」という言葉の意味が、少しだけ違って見えるかもしれません。