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本や映画の感想

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香港・日本合作映画『kitchen キッチン』“この世で一番私の好きな場所なの”

キッチンは、孤独な心が帰る場所。

1997年に公開された映画『kitchen キッチン(原題:我愛厨房)』。本作は、日本の人気作家・よしもとばななさんの代表作『キッチン』を、香港を舞台に映画化した一作です。

唯一の肉親である祖母を亡くした日本の少女アギーが、香港で出会った風変わりな青年ルイとその母親(元父親)エマとの奇妙な共同生活を通して、「喪失」と「再生」を描くこの物語。原作の持つ静かで内省的な世界観と、返還前夜の香港が放つ独特の熱気とが融合し、観る者に忘れがたい余韻を残します。

映画『kitchen キッチン』

kitchen キッチン

あらすじ

吉本ばななのベストセラー『キッチン』『満月 キッチン2』が原作。 孤独な若い女が奇妙な父子とのふれあいのなかで成長していく姿を描いたドラマ。

引用元:Amazon

作品の魅力・ポイント・感想

原作ファンは驚く?大胆すぎるキャラクター造形

本作を語る上で、まず触れなければならないのが、その大胆なキャラクターアレンジです。特に、原作では物静かな青年として描かれる雄一(本作ではルイ)の変貌ぶりには、多くの原作ファンが度肝を抜かれることでしょう。

演じるのは、当時若手俳優として注目を集めていたジョーダン・チャン(陳小春)。劇中での彼は、カラフルで派手なファッションに身を包み、原作のイメージとはかけ離れた、エネルギッシュで少しお調子者のような青年として登場します。この改変は、静かな原作の世界観に、香港映画ならではのポップでビビッドな生命力を吹き込むことに成功していると言えるでしょう。

一方で、主人公アギーを演じた富田靖子さんは、その可憐な魅力で、孤独と悲しみを抱えながらも健気に生きるヒロイン像を見事に体現しています。彼女の存在そのものが、この映画の持つ切ない美しさを支えていると言っても過言ではありません。

90年代香港の空気を映す、詩的な映像世界

本作の大きな魅力の一つが、1997年という特別な時代を切り取った、詩情あふれる映像です。監督であるイム・ホーの手腕により、原作の持つ繊細な雰囲気が、香港ならではの湿度と熱気を帯びた映像世界へと昇華されています。

特に印象的なのが、光と影の巧みな使い方です。雨に濡れてネオンが滲む夜の街並み、西日が差し込むアパートの一室、登場人物の不安や希望を映し出すかのような、揺れる光。これらの映像は、セリフ以上に雄弁にキャラクターの心情を物語ります。

また、多くを語らず、登場人物たちの表情や佇まい、そして彼らを取り巻く風景を通して物語を紡いでいく手法は、観る者に深い思索の余地を与えてくれます。アクション映画のような明快さとは異なりますが、この文学的とも言える映像表現こそが、本作に忘れがたい余韻をもたらしているのです。

「キッチン」が象徴する、新しい家族のカタチ

物語の中心にあるのは、血の繋がりや性別、国籍を超えた、新しい「家族」の姿です。天涯孤独の日本人少女アギー、香港人の青年ルイ、そして性転換したルイの母親エマ。社会の常識から見れば、彼らは「普通」の家族ではないかもしれません。

しかし、彼らがキッチンで共に食事を作り、食卓を囲むシーンは、この映画の中で最も温かく、そして美しい瞬間として描かれます。キッチンという空間は、単なる料理の場所ではなく、傷ついた魂が寄り添い、互いの孤独を癒やすための聖域(サンクチュアリ)として機能しているのです。

どんなに悲しいことがあっても、温かい料理は人の心と体を満たしてくれる。この、原作から受け継がれた普遍的なテーマは、返還を目前にした香港という、アイデンティティが揺れ動く場所で描かれるからこそ、より一層強く、私たちの胸に響くのです。

おわりに

香港映画『kitchen キッチン』は、原作の映画化という枠を超え、90年代香港の空気そのものをパッケージしたような、唯一無二の作品です。大胆なアレンジに戸惑う部分もありながら、その映像美と切ないストーリーは、観る者の心を強く掴んで離しません。

分かりやすいハッピーエンドを求める人には、少し物足りなく感じるかもしれません。しかし、人生のほろ苦さや、それでも前を向いて生きていこうとする人間のささやかな希望を、美しい映像詩として味わいたい方には、ぜひお勧めしたい一作です。そして、劇中で流れる主題歌は、この映画の持つ感傷的な世界観を、より一層引き立ててくれることでしょう。

参考サイト

ja.wikipedia.org

filmarks.com

eiga.com