Vv.

本や映画の感想

AIも活用しながらもりもり書いていくブログです。
当ブログではアフィリエイトプログラムを利用して
商品を紹介しています。

岸川真『蹴る』“こいつ自然に死ぬな――不意に蹴ってみたくなった。”

この小説は、あなたの倫理観を根底から揺さぶるかもしれない

今回ご紹介するのは、岸川真さんの短編小説『蹴る』です。この物語は、2015年に文芸誌『文藝』で発表され、後に作品集『暴力』に収録されました。タイトルが示す通り、本作が描くのは、ひたすらに生々しく、そして目的が見えない「暴力」そのものです。

物語は、主人公である中学生の康平が、先輩のケンと共に、夜の河川敷で一人のサラリーマンに暴行を加える場面から、不穏な幕を開けます。読者は、康平の視点を通して、まるでその場にいるかのような息苦しさと、得体の知れない恐怖を味わうことになるでしょう。しかし、この物語の本当の恐ろしさは、単なる暴力描写に留まりません。それは、暴力が伝染し、増殖し、登場人物たちを逃れられない螺旋へと引きずり込んでいく過程にこそあるのです。心して、この暴力の世界を覗いてみてください。

岸川真『蹴る』

暴力

あらすじ

夜の河川敷ーーむき出しの暴力と不確かな生が世界の不安を描き出す、圧倒的傑作短篇「蹴る」

引用元:Amazon

作品の魅力・ポイント・感想

感情を揺さぶる圧倒的な暴力描写

本作を語る上で、何よりもまず触れなければならないのは、その凄まじいまでの暴力描写です。物語の序盤、ケンは「うるせえ」という一言をきっかけに、何のためらいもなくサラリーマンを店から引きずり出し、河川敷まで文字通り「ドリブル」していきます。そこに、明確な動機や目的は見当たりません。あるのは、ただ内側から湧き上がる衝動を、無抵抗な他者へぶつけるという純粋な行為だけです。

作者の筆致は、その場の空気、音、そして痛みを、読者の五感に直接訴えかけてきます。ブロックで歯を砕く硬い音、腫れ上がっていく顔、そして助けを乞う声。それらの描写は、決して目を背けることを許してはくれません。あまりの生々しさに、思わずページをめくる手が止まってしまうほどです。

さらに恐ろしいのは、その暴力を目の当たりにした主人公・康平の心境です。彼は恐怖を感じながらも、同時に「俺も蹴りたい」という抗いがたい欲求に駆られます。この心理描写は、暴力が持つ恐ろしい伝染性と、集団心理の中で個人の倫理観がいかに容易く麻痺していくかを、鋭く描き出しています。これは単なる物語ではなく、現実でも起こりうる人間の闇を突きつけてくるのです。

希薄な人間関係が生み出す底なしの闇

『蹴る』の世界では、登場人物たちの間に、私たちが「絆」や「友情」と呼べるようなものは一切存在しません。康平と仲間たちを繋いでいるのは、暴力的なリーダーへの恐怖と、スマホの画面越しのやり取りだけです。彼らの会話は乏しく、互いの内面に関心を示すこともありません。

その希薄な関係性の恐ろしさが爆発するのが、物語中盤のコンビニでのシーンです。仲間の一人がリーダー格のリュウジの機嫌を損ねた瞬間、リュウジは何の躊躇もなくライターでその目を焼き、他の仲間たちはそれをただ傍観します。それどころか、その混乱に乗じて、小学生の弟たちを熱いおでんの鍋や油の中に投げ込むという、常軌を逸した行動にまでエスカレートしていくのです。

この一連のシークエンスは、彼らの間に信頼関係などなく、あるのは力関係の序列と、その場のノリや気まぐれだけだという事実を冷徹に示しています。コミュニケーションの不在が、いかに人間を容易く怪物に変えてしまうのか。スマホを弄りながら、現実の他者の痛みには無関心。その姿は、現代社会が抱える病理の一端を、象徴的に切り取っているかのようです。

救いのない「暴力の螺旋」という絶望

この物語が読者に与える最も大きな衝撃は、その救いのない結末にあります。康平は、自らの手でサラリーマンを殺害してしまった後、罪悪感よりも先に、死体をどうするかという現実的な問題に直面します。しかし、彼がその場から逃れることは許されません。

突如現れた中年男。彼は、康平の殺人の瞬間を目撃しており、それをネタに康平を脅し、新たな犯罪へと引きずり込みます。この男は、なんとリーダーであったケンをも殺害しており、康平に「おめえさんとオイラは殺し仲間だな」と笑いかけるのです。暴力から逃れようとした先に待っていたのは、さらに深く、質の悪い暴力でした。

この息つく暇もない展開は、読者に強烈な恐怖と嫌悪感を植え付けます。一度暴力の連鎖に囚われてしまえば、もう二度と抜け出すことはできない。まるで蟻地獄のように、もがけばもがくほど深く沈んでいく感覚は、気分が悪くなるほどです。そして物語の最後、康平自身もまた、どこからともなく現れた謎の集団によって、理由もわからぬまま殴り倒されてしまいます。この暴力の連鎖には、終わりがありません。本作は、その冷酷な現実を、一切の希望を見せることなく描き切っているのです。

おわりに

岸川真『蹴る』は、間違いなく、読む人を選ぶ作品です。吐き気を催すほどの残酷な描写も多く、読後には重く苦しい感情が残るかもしれません。しかし、本作は単なる胸糞小説ではありません。

なぜ人は暴力を振るうのか。希薄な人間関係の果てにあるものは何か。そして、このどうしようもなく暴力に満ちた世界で、私たちはどうすれば「まっとう」に生きていけるのか。本作は、読者一人ひとりに対して、重い問いを投げかけてきます。

もしあなたが、安全な場所から人間の心の闇を覗いてみたい、そして現代社会が抱える問題について深く考えてみたいと願うなら、この作品を手に取ってみる価値は十分にあります。その衝撃は、きっとあなたの心に深く刻み込まれることになるでしょう。

暴力

暴力

Amazon