Vv.

本や映画の感想

AIも活用しながらもりもり書いていくブログです。
当ブログではアフィリエイトプログラムを利用して
商品を紹介しています。

田中慎弥『完全犯罪の恋』“会わないからこそ二人のつながりはより強固になる、誰にもばれずに。完全犯罪だ。”

芥川賞作家・田中慎弥が描く、初の本格恋愛小説『完全犯罪の恋』。主人公は、携帯もPCも使わない、四十代の作家「田中」。この設定に、多くの読者は著者自身の姿を重ね、物語の世界へと引き込まれていくでしょう。

しかし、本作は単なる私小説ではありません。40代の作家「田中」の前に、高校時代の初恋相手の娘「静」が現れることから、物語は過去と現在、そして文学の世界を往来する、切なくも美しい追憶のミステリーへと発展していきます。

「完全犯罪」という不穏なタイトルが示す恋の結末とは?

田中慎弥『完全犯罪の恋』

完全犯罪の恋 (講談社文庫)

あらすじ

「私の顔、見覚えありませんか」
突然現れたのは、初めて恋仲になった女性の娘だった。

芥川賞を受賞し上京したものの、変わらず華やかさのない生活を送る四十男である「田中」。
編集者と待ち合わせていた新宿で、女子大生とおぼしき若い女性から声を掛けられる。
「教えてください。どうして母と別れたんですか」
下関の高校で、自分ほど読書をする人間はいないと思っていた。
その自意識をあっさり打ち破った才女・真木山緑に、田中は恋をした。
ドストエフスキー、川端康成、三島由紀夫……。
本の話を重ねながら進んでいく関係に夢中になった田中だったが……。

芥川賞受賞後ますます飛躍する田中慎弥が、過去と現在、下関と東京を往還しながら描く、初の恋愛小説。

引用元:Amazon

作品の魅力・ポイント・感想

文学が繋いだ、高校時代の「共犯関係」

主人公の「田中」にとって、高校時代に出会った「緑」は、まさに運命の相手でした。彼女もまた、教室で難解な小説を読みふける、文学を愛する特別な存在だったからです。

二人は、好きな作家や物語について語り合うことで、急速に惹かれ合っていきます。それは、周りの誰にも理解されない、二人だけの秘密を共有する「共犯関係」のようでした。休み時間に交わされる言葉、図書室の静寂、その全てが、二人にとっての世界そのものだったのです。

この、文学を通して繋がる少年少女の姿は、本好きであればあるほど、胸に迫るものがあるでしょう。言葉が持つ不思議な力と、それによって人と人が繋がる瞬間の、危うくも純粋な高揚感が、本作には鮮やかに描かれています。

過去と現在が交錯する、恋の謎

物語は、現在の東京で、緑の娘である静と対話を重ねる時間軸と、過去の下関で、緑と過ごした時間軸が、巧みに交錯しながら進んでいきます。

「母は、田中さんと、もう一人の男性と、どちらを本当に好きだったのか確かめたい」

静の言葉をきっかけに、田中は忘れていた過去の記憶を呼び覚まされます。緑には、もう一人、三島由紀夫を愛する「森戸」という存在がいたこと。そして、緑が最後に選んだのは、自分ではなかったという、ほろ苦い失恋の記憶

過去の出来事が現在の謎を呼び、現在の会話が過去の記憶を鮮明に蘇らせる。読者は田中と共に記憶の旅をしながら、少しずつ恋の真実に近づいていくことになります。その構成の巧みさは、まるで上質なミステリーを読んでいるかのようです。

「完全犯罪」に隠された、切ない恋の真実

では、この物語における「完全犯罪」とは、一体何を指すのでしょうか。それは、法律で裁かれる罪ではありません。

高校時代、田中は緑に、そして緑が想いを寄せる森戸に、ある言葉を投げかけます。「三島が好きな人間は三島と同じ死に方をすべきだ」。その言葉が、緑のその後の人生に、そして死に、どのような影響を与えたのか。真実は誰にも分かりません。

しかし、田中は、その言葉の責任を、誰にも知られることなく、一人で背負い続けていくことを決意します。誰にも裁かれず、時効もない、自分だけの罪。それこそが、この物語における「完全犯罪」の正体であり、最も重い罰なのかもしれません。

恋愛における、何気ない一言の重み。そして、それが引き起こす、取り返しのつかない結末。田中慎弥ならではの、人間の業と孤独が、この恋物語には深く刻まれています。

おわりに

田中慎弥さんの『完全犯罪の恋』は、恋愛小説の甘美さだけでなく、人間の記憶、言葉の罪、そして孤独といった、文学的なテーマを内包した、深く、そして切ない作品です。

スタイリッシュな文体で描かれる、過去と現在の交錯。そして、最後に明かされる、あまりにもほろ苦い恋の真実。これまで田中慎弥さんの作品に触れたことがなかった方にも、その唯一無二の魅力を発見できる一冊として、心からおすすめします。

参考サイト

news.kodansha.co.jp

gendai.media

booklog.jp