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本や映画の感想

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赤野工作『邪魔にもならない』“どうせ死ぬならゲームを遊びながら死にたい!”

最近、何かに心の底から「熱中」した瞬間を覚えていますか。周りの音が聞こえなくなるほど、時間の流れを忘れるほど、一つのことに没頭したあの感覚。もし、人生最後の瞬間にそれができるとしたら、それは一つの幸せな生き方と言えるのかもしれません。

今回ご紹介するのは、そんな「好き」という感情の極致を描いた、赤野工作さんによる短篇小説『邪魔にもならない』です。物語の主人公は極限状況のなかで、テレビゲームのクリアタイムを競う「RTA(リアルタイムアタック)」に挑みます。読み終えた後、あなたが今大切にしている趣味や情熱が、もっと愛おしく感じられるはずです。当たり前の日常が、少しだけ違って見えるような強烈な読書体験が、あなたを待っています。

赤野工作『邪魔にもならない』

『遊戯と臨海』所収作

遊戯と臨界 赤野工作ゲームSF傑作選 (創元日本SF叢書)

あらすじ

一秒でも早くクリアするために、最善を尽くす。今までもこれからも、それが当然だった。

作品の魅力・ポイント・感想

終末と日常が交錯する、異様なリアル

この物語の最もユニークな点は、その卓越した設定にあります。物語の舞台は、けたたましい警報が鳴り響き、外の世界が明らかに異常事態に陥っているであろう緊迫した状況です。しかし、主人公の意識はただ一点、目の前のテレビ画面に映るファミコンゲーム『スペランカー』にのみ注がれています。

わずかな時間でゲームをクリアするために、彼はコントローラーを握りしめます。普通ならパニックに陥るであろう状況で、淡々とゲームの攻略を進める主人公。その姿は、世界の終わりという壮大なカタストロフと、個人の趣味という極めて個人的な営みとを接続させ、読者にこれまでにない不思議な感覚を与えます。

なぜ彼は、そんな状況でゲームをプレイするのか。それは、彼にとってRTAこそが、人生の最期を意味づけるための唯一にして最高の行為だからです。この異常な状況設定が、かえって主人公の純粋な情熱を浮き彫りにし、物語に強烈な説得力を与えています。

主人公の焦燥とシンクロする、カウントダウン形式の文体

本作の巧みさは、その独特な物語構成にも表れています。「21時27分30秒」「56秒」「185秒」といったように、物語はゲームのプレイ時間を示すタイムスタンプによって区切られ、進行していきます。この文体は、一秒でも早いクリアを目指すRTAの緊張感とスピード感を、読者に追体験させる効果を持っています。

文章は、主人公の思考、ゲーム内の状況描写、そして外の世界から聞こえてくる断片的な音や声だけで構成されています。私たちは主人公の視点に完全に固定され、彼が五感で得る情報だけを頼りに、世界の終わりが迫る様子を想像するしかありません。この限定された情報が、言いようのない焦燥感と没入感を生み出しているのです。

特に、ゲームのゆうれいを撃ち落とすことに集中する主人公の描写と、外の騒がしさや室内の警告灯の光が混じり合う場面は秀逸です。冷静なゲームプレイの記録と、すぐそこに迫る「死」の気配が交互に描かれることで、静かな狂気とでも言うべき独特のリアリティが生まれています。読者はいつの間にか、主人公と共に息を詰め、コントローラーを握るその手に汗を感じるような錯覚に陥るでしょう。

「好き」を貫く生き様が、私の心を揺さぶった

私がこの物語で最も心を掴まれたのは、「どうせ死ぬならゲームを遊びながら死にたい!」という、主人公の独白に象徴される、その揺るぎない覚悟です。それは子供の頃からの純粋な願いであり、老いてなお変わることのない、彼自身の生き方の核となる哲学でした。

私たちは日々の生活の中で、様々な「やるべきこと」に追われ、本当に「やりたいこと」を後回しにしてしまいがちです。しかし、主人公は人生の最終盤、それも世界が終わるかもしれないという瀬戸際で、自らの「好き」を全うしようとします。その姿は、滑稽に映るどころか、あまりにも純粋で、気高く、そして美しくさえありました。

彼にとってRTAは、単なる暇つぶしではありません。それは、死の恐怖から逃れるための現実逃避でもないでしょう。それは彼が人生を懸けて磨き上げてきた技術であり、誇りであり、自分という存在を最期の瞬間まで証明し続けるための、崇高な闘いなのです。この物語は、「何かに熱中できることの素晴らしさ」を、極限の設定を通して鮮やかに描き出しています。読み終えた時、私は自分の「好き」をもっと大切にしようと、心から思いました。

おわりに

赤野工作さんの『邪魔にもならない』は、終末とゲームという異色の組み合わせから、「人間の尊厳」という普遍的なテーマを浮かび上がらせる物語でした。RTAの臨場感を再現する巧みな構成と、主人公の純粋な狂気が、読んだ者の心に深く突き刺さります。

この物語は、何か一つでも「これがなければ生きていけない」と思えるほど、熱中していることがある人に、特におすすめしたいです。また、ありきたりなSFや終末ものに飽きてしまった方、短い時間で強烈なインパクトのある短篇小説を読みたい方にも、きっと満足していただけるはずです。